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鉱滓と紫水晶

先月、妹と彼氏と、只見町の某川に連続で沢遊びに行ってきました。
夏に下見に行って、面白そうな川だなと思って色々調べてみたら、
川沿いに道があって新潟まで抜ける裏八十里越のルートだったらしいのです。
上流部には鉱山もあったようでなかなか魅力的な場所です。

川をひたすら遡上して2時間弱のポイントまで行ってきました。
水がとっても綺麗!透明度が高く、静かで美しい。素晴らしい場所です。
翡翠色の水面に光が反射する様はとても幻想的。
穏やかな流れの場所と、節理の壁の小さなゴルジュが何個かあり、
遊ぶのにも難しすぎず簡単すぎずのバランスの取れた川でした。

動物の足跡もたくさんあって、只見の豊かな森をますます実感しましたね。
ジャスパーにパイライトが共生したものも転がっていて石好きにもたまらん川でした。

地質の資料に○川溶岩部層というワードがあり、
前回訪れた時も松脂岩が転がっていたので、これのことだと思っていたのですが、
川を遡上すればするほどいたるところに何だか鉄のような溶岩のような謎の黒い物体が落ちています。


※写真の赤い石は同じ川で拾ったジャスパーにパイライトが共生したもの

形が面白かったのでニヨニヨしながら拾ってたのですが、
よく見るとそれらの一部には、木炭が含まれるものがありました。


近くの山の噴火が起きた時の溶岩流に巻き込まれた木々かなぁ?と思ったのですが、
このへんの只見の石は海底火山の堆積物だろうし、
こんなに木々が生っぽい(笑)感じで残るぐらい最近に噴火なんかないだろうし、
帰ってからずっと調べてたんだけども、、

これ、溶岩じゃなかったわΣ( ̄□ ̄!!(そりゃそうだ)
むしろこれは鉱滓!スラグだ!
ということに気づきまして。ハイ。

スラグslag)あるいは鉱滓(こうさい)は、鉱石から金属を製錬する際などに、冶金対象である金属から溶融によって分離した鉱石母岩の鉱物成分などを含む物質をいう。スラグは、しばしば溶融金属上に浮かび上がって分離される。

たたら製鉄(たたらせいてつ、英:Tatara)とは、日本において古代から近世にかけて発展した製鉄法で、炉に空気を送り込むのに使われる鞴(ふいご)が「たたら」と呼ばれていたために付けられた名称。砂鉄や鉄鉱石を粘土製の炉で木炭を用いて比較的低温で還元し、純度の高い鉄を生産できることを特徴とする。近代の初期まで日本の国内鉄生産のほぼすべてを担った。
(wikipediaより抜粋)

川を遡上している時にほんっとーにたくさん落ちてたんだけど、かなりの量の金属を(たぶん銅?)製錬していたんだね。
なんでこんな辺鄙なところに昔の人は道を開いたのかと謎でしたが、鉱山でしたか。
なるほどなるほど。
このあたりにはかなり古くから鉱山が沢山あったみたいで、会津の鉱山関係の資料に何個か地名が見つけられます。只見町の資料やより詳しい鉱山資料を探してみないと、時代とかの詳細は分からないけど、思いがけず歴史を感じました。

水がとっても綺麗なのに川に魚が少ない…というか殆どいないのが不思議だったのだけど、そういうわけだったんだね〜。
あと、スラグが場所によって多いところと少ないところあるなと思って歩いてたんだけどさ、それ鉱山か精錬所(たたら場)のあった場所じゃなかろうか。
フム、興味深いですわ。
これはこれで本当に貴重な発見だなあと、そしてスラグの形が格好良くて持ち帰りました。

スラグ、錬金術的なワークに使えそうでニヤニヤしてしまいます。
不純物を取り除いて純化し本質にする。
自分の持っているもの(技術など)をより練り上げて、付加価値の高いものにする。とかね。

そして1日仕事行って次の日にはまた只見に。
この日は彼氏と二人でしたが、前々日に行った川の隣の沢へ。
沢の橋の手前の空きスペースに車を止め、谷を藪に掴まりながら下りて行きました。
ここの上流にも鉱山があり、手持ちの資料に産出する鉱物に紫水晶を伴うという表記があったので、川辺の石にも目を配りながら歩いていきました。

こないだの川よりますます細い川幅で、少し歩くともうゴルジュ帯になってしまいます。
本当に本当に小さな沢なのですが、地形のためか雨降ったりするとかなりの量の水が集まるのでしょうね、狭い川幅に巨木がごろごろ転がっており、天然のダムを作っておりました。こわやこわや。。お天気と熊と滑りやすい岩場に注意しながら進んでゆきます。

こないだの川では殆ど魚を見ませんでしたが、こちらは魚がたくさん!
登りがいのある滝や壁もあり、天然のウォータースライダーも体験できて楽しかったです。ずぶ濡れだったけど。

そ、そして、こないだの川みたいに面白い石あんまりないなー。
紫水晶なんて夢のまた夢かしら、と思っていたら、
むっちゃ綺麗な紫水晶発見しました。色濃い!!感激です(TT)

 

夏の終わりの良き思い出となりました。
只見は本当に素晴らしいところだ~~。
只見の土地神と精霊に今年の夏も遊ばせてくれたことを、深く感謝。
来年の夏はどんな表情の只見と会えるか楽しみです。

2 Comments on “鉱滓と紫水晶

  1. 見事な?鉱滓ですね。
    写真の黒いのはおそらく鉄。赤いのは見たことがありません。周辺に金山町という地名がありますし鉱山も多いようです。私も平安時代の鉄滓を持っていますが、写真のも木炭入ということは近代の物ではありませんね。川添いにあるのは山砂鉄を利用した鉄穴流しのためでしょう。古代製鉄の奥は深く素人が簡単に手を出せる物ではありませんが、福島県の古代製鉄遺跡は山間部にはほとんど存在しないのでもしそうなら本当の大発見ということになりますね。
     個人的には川の上流部というのが気になります。山陰の古代製鉄遺跡も川の上流だからです。会津の歴博にぜひ見てもらったらいかがでしょう?

  2. >団三郎様
    コメントいつもありがとうございます!!^^
    鉱滓、昔の人が捨てたごみのようなものですが、この形のなかに錬金の魔術(笑)を感じ美しいと思ってしまいました。
    そして、団三郎様、平安時代の鉱滓を持っていらっしゃるとは!すごいです!!新潟で見つけられたものでしょうか?
    写真の赤いのは脚注書いておらずすみません!あれは只見ではよく見るジャスパー(碧玉)という石で、細かいパイライト(黄鉄鉱)が見事に共生していたので美しくてこちらも持ち帰りました。
    奥会津は金山町含め、只見あたりまで黒鉱鉱床の豊かな鉱山が本当にたくさんあります。
    今回訪れたM川は蒲生川という川の支流でとても山深く、今は人も住んでいないのですが、昭和中期ごろまでは集落もあったことと、手持ちの資料にM川流域のいくつかある鉱山のうちの一つは嘉永年間創業とありますので、このスラグの鉱山の時期としては江戸後期~近代と考えております。
    このあたりでは、銅や亜鉛、鉛などを採掘していたようです。
    ただ、周辺のすべての鉱山の稼行時期がそうではないと思うので、もしかしたらもっと以前から稼行されていたものもあるかなとも思います。
    発掘の仕事をしている友人がいるので、今度聞いてみます!
    鉱山の歴史にそこまで詳しくないので何とも言えませんが木炭を使った製錬は割と近代まで行われていたのかと考えております。M川あたりでいうと地形的に大がかりな重機を入れるのは無理そうなことと、周りの豊かなブナの森に数多ある木々を使わない手はなかったのかと思っております。
    旧M川集落には樹形が「あがりこ」という形になっているブナの森があります。木を使うことは当時の人たちにとっては今よりとても身近だったのだと想像します。
    https://blogs.yahoo.co.jp/ak3211/18026311.html
    製鉄の歴史もとても奥が深そうです~~!それこそ、弥彦の神の片目伝説も製鉄に関していそうですよね。鉄や銅など、金属がどう日本に波及していったかというのはとても興味深い案件です~^^

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