旅

秘めたる祈りは熱く、鋼のごとく

春は庄内に行きたくなる。 …のかわからないですけど、 意図せず先日、去年と同じ時期に山形は庄内地方へふらりと行ってきました。その前に行った時も春だったな。去年は鳥海山近辺をぐるぐる回って、丸池様とか釜磯の湧水見たり、秋田側まで足を延ばして、元滝見たりして、、とにかく虜になってしまったのでした。奈良や糸魚川に恋に落ちたのと一緒の感覚ですね。ご飯もおいしかった。庄内スキ♡ 鳥海山・出羽三山スキ♡ 庄内の自然のエナジー最高♡その土地その土地のエネルギーってありますが、肌になじむ感じ?なんて言ったらいいのか、お懐かしうございますぅ、みたいな感じです。(更に謎) そして先日のこと、行きたいな~と思いつつ、1年ぶりの庄内。来たはいいけど、月山も湯殿山も本宮まで雪で行けないだろうしなーと思って、なんとなく湯殿山の瀧水寺大日坊に訪れてみました。 500円の拝観料で簡単なお祓い(若めの方がしてくださいました)と、大日坊の歴史を高齢のお坊さんが説明してくれたんだけども、お話し前のご祈祷が最高にすっきりしたのよ。「六根清浄~」の独特のリズムと大きな梵天をパッパッと振ってもらったら頭がスーッとしていって。テレビとかで修験の方が「懴悔(さんげ)懴悔(さんげ)六根清浄~」って唱えながらお山を駆けているの見るとなんか知らんけどあのリズムにウルっときちゃうので、たぶんその感覚なんですけど。 高齢のお坊さんによる大日坊の歴史のお話は、ちょっと偏ってる部分あるなー、商売っ気あるなー(笑)と、思うところはあったものの、講談聞いているみたいですごく面白かったです。羽黒山の出羽三山神社では出羽三山は崇峻天皇の皇子である蜂子王子が開山としていますが、大日坊は大同2年に空海が開いたと言われているそうで羽黒山側と湯殿山側で見解が違うのも面白いです。 明治の神仏分離・廃仏毀釈で、羽黒山などが神社に変わった中でも、ここはお寺であることを変えず、かなり大変な目にあったようで、そしてお坊さんの口ぶりから、どうも羽黒山と確執があるような雰囲気を感じました。それと明治政府への恨みたいなのを感じて、あれ?これこの感じ良く知ってるな、なんだっけ、常日ごろ味わってるやつ… そうそう…地元会津と一緒じゃん! って思ったけど、そもそも庄内は戊辰戦争で会津同様に旧幕側の急先鋒(会庄同盟っての組んでましたわ)で、その根底にある気骨のようなものは、似てるんだなと気づきました。庄内って勝手ですけど自然が雄大なだけにおおらかなイメージがありましたが、奥に反骨精神のような鋭い熱意のようなものがあるのだと感じてびっくりしたのでした。 こちらのお寺、真如海上人という方の即身仏もいらっしゃいます。即身仏に対してあまりいいイメージがなかったのですが、即身仏の説明や神仏分離で大変だった話とか色々聞いていたら、庄内のどういった歴史や風土から、即身仏が生まれたのだろうと妙に興味がわいてきて、帰ってからネットとか文献読み漁って色々調べてしまいました。 以下、ながーくなりますが、お付き合いください。笑 出羽三山は今は月山・羽黒山・湯殿山ですが、その昔は、湯殿山は含まれなかったようで、(中世頃までは鳥海山・月山・葉山のことを三山と言ったという説もあり)湯殿山は山のことではなく、現在湯殿山神社のご神体となっている巨岩のことを言ったそうで、湯殿山は出羽三山それぞれの「総奥の院」とされたそうです。湯殿山麓には別当寺として湯殿山派4ヶ寺(注連寺、大日坊、大日寺、本道寺)というのが存在していて、4ヶ寺の宗派は江戸時代の寛永中期(1624-1644)ごろには真言宗の影響が濃くなっていったそうです。 湯殿山4ヶ寺で活動した人々は、およそ三種類に分けられるようです。 清僧(正式な僧侶)修験者一世行人 この中でも湯殿山を中心に活躍した一世行人は、<一生をかけて修行する人々>とのことで、とても特殊な立ち位置だったようです。寺の中でのヒエラルキーは低く(低いというか別格というのが正しいのかな)修験者の入峰儀礼にも参加できず、寺での灌頂も受けられなかったので、修験でも仏の道でも上を目指すことはかなわなかったようです。湯殿山の修験者は、家を持ち妻帯し百姓などとしての仕事も持っていたようですが、一世行人たちは禁欲し肉食せず、行に専念していたとか。極寒期に山に入り、湯殿山の仙人沢や玄海に千日間籠り続け、水垢離し、木食行(肉食を避け、木の実・草のみを食べる修行)をしたそうです。そんな栄養状態良くない中での行で、湯殿山の仙人沢などでは、行の途中でたくさんの一世行人が亡くなっているようです。 即身仏の多くは、実は一世行人と呼ばれる人たちがなったもののようです。 少し話を戻しますと、出羽三山の羽黒山ももともとは湯殿山と同じ真言宗のお寺だったそうなのです。羽黒山中興の祖と言われる別当天宥法印が、徳川家の庇護を受けるために天台宗への改宗を行います。羽黒山側は湯殿山派4ヶ寺にも天台宗への改宗を求めますが、拒まれたため、裁判に発展したそう。 神仏分離以前に、ここで羽黒山との溝ができたんだな~と納得。そして湯殿山派は自分たちの真言宗としての正当性を求めるために、「開祖の空海に倣い、即身成仏を実践している」と宣言しました。そのために、そこから湯殿山派の行人たちは即身仏を目指すようになったのだそう。その証拠にそれ以前に即身仏になった人はいなかったそうです。 これを知り、とてつもない衝撃を受けました。 古代からお山の利権をめぐった宗教間でのなんやかんやを自然は、神々はどう見ていたのだろうと思うと眩暈がしますが、ただ、純粋なまでに行に打ち込む一世行人の姿には、頭が下がる思いです。 ある部分では柔軟にものごとに向き合っていくことが大切だと思っていますが、それには熱く鉄のような意志が心にあってこそだと。貫き通すことへの強い想い、を湯殿山の歴史から感じました。 それと明治の神仏分離で失ったものは、仏像や建造物のモノだけでなく、祈りの形というか、何かもっと別の大切なものだったのではないかというのも、すごく考えさせる庄内小旅行でもありました。雪が解けたら湯殿山の本宮や月山、鳥海山に登拝してみたいです。 長々と失礼しました!

だいごまち

「大子町」と書いてだいごまち、おおこまちかとおもってました、すみません(笑)先週末、茨城にてとある用事があり、福島から南下して大子町のゲストハウスに一泊しました。 「丘の上のDaigo house」https://www.daigo-kanko.jp/post-639.html 私、ゲストハウスとかホステルとか大好きで、旅の宿はだいたいそういうかんじなのですが、こちらのお宿とてもよかったっっ。 静かで掃除が行き届いていて、まったりできる空間✨内装も肩肘張り過ぎないオシャレというか、ところどころに茨城愛とセンスを感じる素敵なもので。 ちょうど人も少ない時期だったのか、夜の共有スペースでコーヒー飲みながらまったりできて最高でした。到着も遅く、朝も早かったのであまり満喫はできませんでしたが、また茨城方面に来るときには利用したいです。 夜はやっぱり関東、12月でも暖かいな~なんて思ってたけど、朝は霜が降りていて、とっても寒かった~。大子町もなんだかおもしろそうだから今度はじっくり散策したいな。 というか…この記事書きながらそういや大子町ってキスマイのPVロケ地だったような?って思い出して、、調べたらロケ地のひとつはお宿からすぐ下の道路だった。。。orz思い出してたらもっとちゃんと写真撮ったりしたのにな。それにしても知らずこの宿を引き当てた自分、すご(笑) Kis-My-Ft2 / 「君を大好きだ」スペシャルティザーMOVIE

糸魚川

ご無沙汰しております、Annaです。ブログ書くリハビリも兼ね、記事にしようしようと思いながら、下書きのままだったものを少しずつ投稿して行きますね。 昨年の7月の半ばから新潟県は糸魚川に通うようになりました。笑新潟は小さい頃から家族で良く行っていて、新潟市に3年間ほど住んでいたこともあり、大好きな場所なのですが、糸魚川に初めて行ったのは20代半ばのこと。会津から電車を乗り継いで、糸魚川駅で行われていたミネラルショーを見に行ったのがきっかけでした。その時は天津神社とフォッサマグナミュージアム、糸魚川駅ぐらいしか行けなかったのですが、去年は車で様々な場所をまわってきました。 まず糸魚川の何が素晴らしいって、その地形と自然。日本海と切り立った荒々しい風貌の山々のコントラストがとても美しく、心底好きになってしまいました。糸魚川静岡構造線をまたぎ、東日本と西日本の境目であること、フォッサマグナという特殊な地帯で、翡翠が生まれ出づるところだということ。ヌナカワヒメなどの古代の女神の土地であること。好きにならざるをえない要素だらけなのですが、実際に訪れて佇んでみて、その漂う空気感、エネルギーはとても高揚感があり、木霊みたいな私にはとてもチャージできる場所です。 大好きな場所の一つは、小滝ヒスイ峡。清んだ流れの川には大きな翡翠の塊がごろごろ!(注:小滝ヒスイ峡での翡翠採集は禁止されています!)そして遠くからも圧倒される明星山の岩肌は岩マニアにはヨダレものです。とても静かで美しい場所なので、訪れるたびに岩の上に横たわってボーっとしております。 小滝ヒスイ峡からほど近い高浪の池から眺める明星山も格別です^^翠色の深さ13mの高浪の池もとても静かで良きトコロ。池にせり出した大きな枯れ木と、小さな祠の後ろに立つ大きな木がお気に入りポイントです。 能生の白山神社と弁天島にも行ってきました。ここは能生ヒメハルゼミという天然記念物の小型の蝉が生息しております。ヒメハルゼミは、一斉に鳴き出すことが特徴なのだそうで、ちょうど我々が訪れた時も神社の裏手にまわったら一斉に鳴き始めて、それがなんだかとっても神秘的でした。 木浦地区にある長者温泉ゆとり館で温泉にも浸かってきました。糸魚川にはいろんな温泉があるっぽいので、、雨飾温泉、笹倉温泉、柵口温泉…etc糸魚川のいろんな温泉めぐりもしたいな~。 それとおすすめなのは権現岳とその麓の奴奈川姫の産所と呼ばれる磐座。磐座の場所は独特で面白かったですが、何より権現岳の佇まいやエネルギーが神々しくて、素晴らしくて、こちらの場所にも恋してしまいました。いつか権現岳に登ってみたいなぁ~~。それぐらい素敵なお山でした。 そして忘れてはいけないのが、糸魚川に訪れるたびに楽しみにしている、海岸での翡翠探し!翡翠はまだごく小さなひと粒しか見つけられていないのですが、富山の越中宮崎海岸から糸魚川の多様な石たちを浜辺で眺めるのはそれだけで飽きないです。特にここで拾えるネフライトがだいすき♡なのです。採集した石をフォッサマグナミュージアムで鑑定してもらえるのもうれしいです。 何度行っても強烈に私を惹きつける糸魚川。これからも足しげく通おうと思っておりますが、糸魚川のみならず県境などの境界にある地域って本当に面白いです。某番組でキワ(際)やハシ(端)が面白いと言っていますが、まさにそれ。気が付くとそんなところばかりに足を延ばしているのよね~~。またそんな大好きな場所のことも綴っていければと思っております。お付き合い頂きありがとうございます^^

新年は、西へ

1月2日から1月6日の5日間、彼氏と共に車で旅に出ていました。北陸経由で富山に前後1泊し、石川、福井、滋賀、京都と南下して2~3年ぶりに大好きな奈良へ。奈良や京都、滋賀、大阪、西の国へは時折無性に行きたくなります。 関西へ行くなら会いたい人も何人かおりまして、でもさすがに三が日に声をかけるのは…と思っていたのですが、なんと旅の途中、京都のお友達のお二人、Cちゃん&セレーナ・マリアさんと合流することができました^^お二人と八幡市の石清水八幡宮と京田辺の月読神社に初詣してきました。本当に直前だったのに駆けつけてくれたお二人に感謝です。この日は一緒に夜ご飯もご一緒できて、色んな話を楽しくさせていただきました。 奈良は若草山の麓のMountain Home Lodge in Deer Parkさんに2泊。とても綺麗で快適でコスパの良いお宿でした~。 こちらに泊まれたおかげで夜の二月堂へ行くこともできました。夕方過ぎると年始でも若草山近辺はとても静かです。 今回奈良では初めての場所にも行けました。天理市のの石上神宮。布都御魂剣をご祭神とし、十拳剣、七支刀などなどたくさんの剣にゆかりのある、物部氏の古社。もっといかめしい場所だと思っておりましたが、石上は思っていたよりとても静かで優しい場所で、光と空気と水と緑が美しかったです。お社よりも、この池と森と山のほうから明らかに美しい気が漏れてきていました。 そしてずっと行ってみたかった宇陀の室生龍穴神社の奥宮・吉祥龍穴や天岩戸にも。静かで美しい場所でした。岩盤の迫力に圧倒されました。なんかどことなく栃木の那須塩原の竜化の滝~天狗岩近辺に似てるな~と思いました。那須塩原のほうが「気配」は少ない?the自然って感じなんですけどね。笑 室生を後にして、折角だからと、宇陀市巡り。ふらりと見つけた宇陀の八咫烏神社や、宇太水分神社、阿紀神社も巡りました。 阿紀神社では何故だか心に残るおじいちゃんとの出会いもありました。阿紀神社周辺は古代、阿騎野(あきの)といって、貴人の狩場であったそうなのですが、その方、柿本人麻呂がその阿騎野にちなんで詠んだ歌の歌碑を探して訪れたようで、ひょっこり現れた我々にその場所を尋ねてこられたのですが、むろん我々も初めての場所で分らず。笑我々が福島から来たと知ると大学の時に福島の友達がいたのを思い出されたようで、短い言葉だったのですがその思い出を語ってくれました。ちなみにその歌碑はおじいちゃんが去った後、我々の車を止めていた真後ろにありました。笑「阿騎の野に宿る旅人打ち靡き眠も寝らめやも古思ふに」 ↑ ※リンク先に現代語訳と解説があります。 帰りは北上する途中で、京都の木津川の蟹満寺や湧出宮に寄り、そこに残る伝承に想いを馳せることになりました。古代には失われた神々や人々の歴史がまだまだありそうです。蟹満寺は蟹が蛇を退治したという伝説にちなんだ扁額がすごいです。 京都を抜け、滋賀。帰りは湖西を北上しました。近江神宮や白髭神社に立ち寄ることができました。白髭神社の湖中大鳥居は有名ですが、それだけでなく、白髭神社の磐座と森が素晴らしく、しばらく佇んでおりました。 西に居る間中お天気がとても良く、どこも素晴らしい光に満ちていましたが、白髭神社を後にして車を走らせていると、最後に琵琶湖に大きな虹がかかっているのを見れました。(写真を上手く撮れず無念)なんだか旅を祝福してくれているようで嬉しかったな。その直後から富山までずっと雨・雨・雨でしたけど。(笑) 前後2日泊まった富山も、お酒とご飯がとっても美味しくて、そしてとても空と海が美しかったです。(荒れてたけど・笑)今度はもっと時間をかけて富山探索したいなと思いました。 そして最終日、富山の朝日町と新潟の糸魚川へ。浜辺で翡翠探しをして、この旅を締めることにしました。2018年夏から通い続けて、三度目の正直。雪がちらつく真冬の日本海で波に濡れながら、ようやく小さな翡翠輝石をゲットしました。 たくさんのギフトをもらった旅でしたが、形となって宝物を最後に受け取ることができました。土地の精霊や神々よありがとう~~~。 まだ旅の余韻が残っていますが、このエネルギーを咀嚼して製作のほうに活かしていけたらなと思います。 皆様の2019年も素晴らしい幕開けとなりますように。

ときはたまゆら

越谷市に住む、死んだ祖父の一番下の弟「のぶおじちゃん」が入院したと、つい先日、父に連絡が入り、先週末お見舞いに行ってきました。 父は一人っ子なので、父方の親戚づきあいというのは、私たち姉弟の代では希薄で、名前も良く知らない親戚が多いのですが、「のぶおじちゃん」は小さい頃からお世話になっていて、祖父が小学生の時に亡くなっていることもあり、私たち姉弟にとって祖父のような存在でした。話し上手でユーモアがあり、会うたびに仙人のような格言を一言「置いていく」ような人で、年に1度おじちゃんが会津に帰省するのを楽しみにしています。 ちょうど1年前に会津に来た時も80代半ばなのに夜遅くまでたっくさんお酒を飲んで喋って、元気だなあと思っていたのですが、突然の入院の知らせ。想像していたよりかは元気な表情を見れたので、少し安心しましたが、喋ることや食べることが難しくなってきているので、とても心配です。 知っている人がある日亡くなっても、自分は泣いたりしない冷たい人間かもしれないと思っているところがあるのですが、それでもいなくなったら寂しいなと思う人は何人かいます。元気になったのぶおじちゃんと、また美味しいお酒が飲みたいな。 あの頃小学生だった私も今や30歳を過ぎてしまって、時が流れたんだなというのをしみじみと感じています。会いたい人には会ったほうが良いし、やりたいことはやったほうがいい、悔いを残している場合なんかじゃない、と言葉にするとだいぶ陳腐だけど、本当にそうなんだよなあと思います。黙っていても時は流れるから。そういう意味で、のぶおじちゃんは「時」の使い方が上手い人なんだと思います。だから一言に重みがある。全く同じように生きることはできないけど、彼のように上手な「時」の使い方ができたらいいなと思っています。 越谷でのお見舞いの後に、一緒に付いてきてくれた彼氏と行きあたりばっ旅をしてきました。越谷から千葉県は野田市へ、野田では櫻木神社という神社へ立ち寄りました。たまたま看板を見つけ立ち寄った場所でしたが、大変立派なお社で、とても気の良い場所でした。藤原氏が平安時代に創建した野田市最古のお社だそうですが、境内からそれよりも古い時代、古墳時代前期に玉類を作っていた生産工房跡が出土したそうです。 そこからさらに利根川の流れに沿って海まで出ました。鹿島灘。5月の海、大変美しかったです。 一泊して、茨城では魂の故郷のひとつの鹿島神宮や、鹿島の元宮である大生神社、坂戸神社、沼尾神社に立ち寄りました。鹿島神宮には前日の夕方、誰もいない境内を散策できたのも良かったです。次の日は雲一つない青空で、木漏れ日が美しく揺らめいていました。どのお社も緑のエナジーが爽やかで本当に心地よかったです。 最後は大洗まで北上して、磯浜古墳群を見て、そこから帰路へ。帰りの空にずっと不思議な雲と彩雲が出ていました。 時空を越えた旅をしてきたようなそんな感覚、また少し自分のエネルギーが、微細に変化したような気がします。流れゆく時と、そして時の狭間にある永久と。私たちはその二つを感じながら前に進んでいくのだと思います。出会うすべてに感謝しながら。 玉響(たまゆら)=勾玉同士が触れ合ってたてる微かな音のこと。転じて、「ほんのしばらくの間」「一瞬」、あるいは「かすか」を意味する古語。 wikipediaより

飛行機で日帰り大阪のたび

先日、キスマイの北山くんの主演舞台「あんちゃん」を観るために福島から大阪まで日帰りで飛行機の旅をしてきました(笑) 北山くんの舞台の感想などはまたブログにまとめるとして、、、限られた時間で大阪のKさんとKさんの彼女のLさん、京都のCちゃんが会いにきてくれまして、短時間でいろんなところへ案内してくださいました。KさんとCちゃんとは5月の裏磐梯マリアさんコンサート以来、とてもうれしい再会です^^ さて、Kさんの車で案内していただいたのは、四天王寺、杭全神社(くまたじんじゃ)、北畠顕家の墓、安部晴明神社、安倍王子神社 。それと北山君の舞台観終わった後に一人で鵲森宮(かささぎのもりのみや)にもお邪魔してきまして…短時間(約5時間弱)でめちゃくちゃ回ったな…とびっくりしております。笑 ◇四天王寺 写真はあべのハルカスと四天王寺の五重塔。ほんと大きなお寺でした~。でもメインで観たのは、本堂から右手にある、聖徳太子を祀った太子殿。本当は物部守屋の祠を見たかったのですが、太子殿の東奥にあり、聖徳太子の縁日である毎月22日しか近寄ることができないそうで、遠目よりお参りしました。四天王寺は、歴史では聖徳太子が廃仏派の物部守屋と崇仏派の蘇我馬子の合戦の折り、自ら四天王像を彫り、この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立すると誓願され建立された寺だとされています。 お土産に蘇利古の顔がプリントされたハンカチを買いました。以前ピンタレストで蘇利古の画像を見て、かっこいー!と思っていたものでしたが、どうやら四天王寺の聖徳太子の聖霊会で舞われるものみたいですね。 ◇杭全神社 四天王寺の前の道路標識に、杭全(くまた)とあり。気になって訪れた場所でした。クマタはクダラが訛ったものという説もあるそうな。この一帯は坂上氏の荘園だったようで、坂上氏に関係の深い場所でもあるらしいです。ご祭神は素戔嗚さん、熊野三所権現、伊弉諾尊を祀ってたよ〜。大きな木がたくさんあってすごく気持ちの良い場所で、時間のことを考えなければずっとぼーっとしていたかったです。 ◇鵲森宮   森ノ宮の地名の由来はこのお宮からきているそうです。このあたりには、最初の四天王寺(元四天王寺)があり、その鎮守社として聖徳太子が両親である用明天皇と穴穂部間人皇后が祀った場所だそうです。もっと古い時代のことを言えば、元々ここには討たれた物部守屋の邸宅があったそうです。境内にいっぱい蜂が飛んでいたのが印象的でした。 ◇北畠顕家の墓 安倍清明神社に向かう途中、車を止めた駐車場の近くにあった公園にお墓がひっそりとあり、何気なく立ち寄ると、陸奥守をしていた北畠顕家という方のお墓でした。なんと、この方福島とはとても深いご縁があるようで、福島の霊山(りょうぜん)にもお祀りされているよう。こんなところで福島とご縁のある方の場所に導かれるなんて、近々、霊山行ってこようっと。 ◇安倍清明神社 こちらは京都ではなく、大阪阿倍野区の清明神社。安倍清明生誕の地といわれております。住宅街の中にひっそり佇んでおりました。陰陽師ブーム?のせいか結構若い観光客がたくさんいらっしゃいました。隣の社務所?のような場所でどうも占いをしてくれるらしいです。看板が立っておりました(笑) ◇阿倍王子神社 安倍清明神社のほど近くにある神社、仁徳天皇が創建した神社と言われておりますが、阿倍野には古代、奈良県桜井市より安倍氏が移り住んだようで、安倍氏との繋がりも深い場所であり、安倍氏の氏神とも伝えられております。古代には安倍氏の安倍寺もあったようですが、勢力が衰え四天王寺に吸収されたようです。こちらは大きな木がたっくさん!!ご神木それぞれに神名がありました。本当に素敵な神社でした~~!また、こちらは四天王寺と住吉大社のほぼ中間の位置にあり、熊野参詣の街道筋の熊野参詣の九十九王子のひとつでもあり、阿倍野王子と呼ばれるようになったそうです。 …と、駆け足でしたが、大阪は去年、キスマイのコンサートの次の日に住吉大社にお邪魔したぐらいだったので、またいろんな場所をまわれたのがとっても嬉しかったです。Kさん、Lさん、Cちゃん、ありがとうございました^^  そして今回久しぶりの飛行機の旅でした、しかも自力で1人で乗るのは初めてで、小学生のように興奮してしまいました。めっちゃ楽しかった(笑)雲や太陽が美しくてずっと窓の外の景色を見ていました~~。着陸するときに、前方後円墳が数基見えて、それがめちゃくちゃ興奮しました。応仁天皇陵か仁徳天皇陵かな。今年のお盆は飛び石気味のお休みだったので、1日だけでしたが舞台観て、神社数社巡れて、すごく素敵なお休みになりました^^ 

あいすることはチャレンジだ

先日、千春兄貴が福島に遊びに来て下さいました。会津の仲間たちと兄貴をお迎えしてきましたよ。 猪苗代湖に行きたいという兄貴のリクエスト以外、何も決まってなかったのですが、突如、新潟は弥彦神社に行くことになりました。またかよ(笑)もうほんと腑に落ちないんだけども、弥彦には月イチぐらいで通わせて頂いている。もしかしたら私はある部分で弥彦と人を繋ぐような橋のような立ち位置にいるのかもしれないなぁと思ってみたり。以前、弥彦と自分の関係で引いたカードが「AEON<永劫>」だったからなぁ…色々諦めてます(遠い目) 美しい弥彦の自然と、日本海、みんなで巡るとてもいい時間でした。 さて兄貴の龍御伽セッションを6月に受けたことは記事にも書かせて頂きましたが、その時に相談した内容が恋愛とかそういったようなテーマのことでした。この時に言われた魂の思考のくせを意識しながら3ヵ月やっていこうという話でしたが、とにかくこの3か月というのは、男性や恋愛、誰かと関係を築くことに対して、心が傷つき、深く拒否しているのを改めて感じるような期間でした。そしてそれが「私は愛するものを傷つける存在だ」という自分を幸せにしない信念から来ているもので、もうその信念にほとほと飽きているということも…。 その後、9月に兄貴の十和田湖からの四代元素の遠隔ヒーリングを受けました。そのシェアで「尻込みすることが来ますが乗ること。無視しても乗るしかなくなるから。」とあり、自分でもトートタロットのワンド8を引いたりしていて、思い当たる節もないけど何が起きるの?!コエ―!!!と思っていたら、次の週ぐらいに電光石火の如く「彼氏」ができたというね。あんなに恋愛無理だーーと思っていたのでこの展開にはびっくりです(笑) 彼と初めて会った日は、龍御伽のぴったり3か月後、十和田遠隔のぴったり一週間後でした(笑)本気で向き合いたい事柄、動かしていきたい事柄へ対する兄貴の後押しの魔法の力強さはあいかわらず凄い。ありがとうございます。 しかしながら、私には、「自分が関わることは全てダメになる相手を傷つける、そんな私は愛されるに値しない。」…という古い思考回路があるので、実際には傷ついているのは自分だとしても、相手や何かを愛するということエネルギーをかたむけることが非常に恐ろしく、とてつもなくチャレンジなことなのです。今まではその思考回路があったので、愛情を注いでも育たないところ…誠実さや優しさからは離れた人ばかりを選んでました。そういう相手なら自分が傷つけることはないだろうという無意識の思い。そして傷つけるより傷つくほうが慣れてるから楽だという、ある意味魂の需要と供給ですね~。そういう意味でも彼は今まで出会ってきたどの人とも違う誠実さや優しさに溢れていてピュアなハートの持ち主、日々彼と関わることで、「私が愛するものは傷つかない、全力で愛してもいい。」という思考に少しずつスライドしていっているのを感じています。いつかはその古い思考回路がもっともっと細くなればいい。相手と自分を信頼すること、愛すること愛されることは、チャレンジ。ほんと鍛えられてますし、いつもたくさんのものをありがとう。 そんな彼も連れての弥彦探検でした。なんだか新鮮な一日でした。ものすっごいHPMP使ったけども(笑)色んな人が関わってくれることによって再確認することや、新たに知ることがあるので、面白スポットに何度も色んな人と足を運ぶことが楽しいです。ええ、厨二なので。 最近、関わる人の向こうに世界が透けて見える(感じる)時があります。時の精霊?自然界のディーヴァもしくはエレメンタルのようなものが見せてくれる景色。それを感じた時に、いつも思うのは、もっともっとこの世界を全力で愛したいなあということ。 だからわたしはこれからも愛することには背中を向けたくない。立ち向かっていきたいなぁと思うのです。  ↑兄貴からお土産でもらった長野の神社の御守り。色味とデザインが素敵でバッグにつけてます^^

大阪から近江八幡へゆくの巻。

先日アップしたキスマイコンサートの記事、興奮のあまり、支離滅裂ってるなぁ…とちょこちょこ修正してるのですが、ダメですね~、好きなもののことほど客観的に書けないというか。 さて、キスマイのコンサート明けの月曜日のことも綴ってみようと思います。折角、大好きな関西に来たので、いろいろウロウロしたい、会いたい人に会おうということで出かけてきました。この日は、まず朝方、用事があるため一足先に帰る妹と駅で別れ、独りで住吉大社にご挨拶に行きました。 というのも、地元の猪苗代湖から住吉さんに「必ずお伺いさせて頂きますから、私を大阪まで連れて行ってください。」とキスマイのコンサートの当選祈願で想いのたけをとばしていたため、、(お世話になる土地の神様にご挨拶しておきたい性分)しかもめちゃめちゃ良い席が当選、これはちゃんと御礼参りしなきゃな~と、行ってまいりました。ほんとは京セラドームの氏神様がいいんだろうけど、大阪の大きな神社って住吉大社ぐらいしか分らなかったの。笑 朝なのに本当に暑くてね。すべてのお社にお参りしつつ、一番奥に地主神様を発見。しっかりご参拝。大きなお社でしたが余韻を感じる余裕もなくうろうろ。蚊がすごくてめちゃくちゃ刺されたうえに、おみくじでは凶を引くというwwwお言葉がしみますー。 住吉さんにご挨拶の後、京都へ移動して、セレーナMariaさんとCちゃんとお会いしてきました。お二人には会津と京都と距離としてはとても離れてはいますが、なんだかんだで1年に1回はお会いできているという、不思議なご縁です。Mariaさんには会津にも遊びにいらして頂いたりして、本当にありがたい限りです。Mariaさんに「2人(Cちゃんと私)揃ったら神社かなと思って。」と滋賀の近江八幡まで連れて行ってもらいました。全くノープランだった私、Mariaさん本当に何から何までありがとうございます。日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)にご挨拶して、ケーブルカーで八幡山の頂上へ。滋賀の神社はなんかかっこいいから好き(笑)頂上から琵琶湖を眺めました。 滋賀、なんか好きなんだよなぁ~。お昼ご飯は近江牛のハンバーグ。これがまためちゃめちゃ美味しかった~~。近江八幡の街並みもとっても素敵でした。水路がとっても発達していて、水の街って感じ~。 ランチの後、近くの磐座のちいさなお社に連れて行ってもらいました。以前、Mariaさんのインスタにここのお写真がアップされていて、磐座好きな私は「素敵♡」といいねボタン押してコメントしてたみたいなのですが、すっかり忘れており、それに対してMariaさんも「いつかお連れしたい」とレス下さっていて、それが今回叶ったかたちになりました。ミラクル~。 お二人と一緒に神社とかお出かけすると、いつものことながら、雨とか雷がね(笑)ここでも、雷鳴と雨が~。とっても素敵な磐座で、お二人が歌って下さって、お二人の美しい歌声と、この場所のエナジーにじーんときていました。ここに来れて良かった。そしてお参りを済ませた途端、雨足が更に強くなりました。 その後、近くのクラブハリエでティータイム。バームクーヘンを頂きました。 建物がすごくお洒落でかわいい~~。いつものことながら帰る頃には雨もすっかり上がっていました~^^ お二人とたくさんお話できてとても楽しかったです。 最後に京都まで戻ってきて、城南宮にもご挨拶。天使みたいに可愛らしい女の子と、そのお父さんの親子以外に誰もいない静かな城南宮でした。 お二人と久しぶりにお会いでき、そしてまた新たな土地とのご縁が深まって本当に嬉しい1日でした。お二人と秋に会津でお会いする約束を交わし、お別れしました。ほんとにたのしかった~~~~。Mariaさん、Cちゃん貴重なお時間作って頂き、本当に有難うございました。

熱田神宮での邂逅

2015年10月28日。新潟経由高速バスと自分の車を駆使し、0泊3日というタイトなスケジュールで人生初の名古屋に行ってきました。 キスマイちゃんのコンサートが遠く名古屋、普段なら休めない平日にあるということでほぼほぼ諦めていたのですが、1日だけお休みをもらえることとなりまして。1日だけだと地元からじゃ夜行乗り継いでも次の日の仕事に間に合わないなあ…と思っていたら、新潟経由だとなんとか次の日の朝、会社間に合う時間ぎりぎりに帰ってこれることが分りました!!!笑 もともと、熱田神宮に行きたい気持ちがあったので(熱田の広大な森を外から眺めているという夢を見て以来、気になる場所でした)キスマイのコンサートにも行けて熱田神宮にも行ける…これなんという一石二鳥!!!と思って、体力は気力でカバーできるだろ!ってなわけで行ってきました。(笑) 今後もキスマイの遠征とあわせて土地巡りできるの…、かなり美味しいなと思ってるこの頃です。何にせよ、名古屋公演がなければ熱田に行くのももっとずっと後だったかもしれないと思うと、キスマイちゃんさまさまなのでした。 愛知のArganza繋がりのSaraさんに久しぶりにご連絡させて頂き、熱田神宮を午前中ご一緒させて頂くことになりました。しかも教えて頂いて気づいたのですがこの日は満月だそうで。素敵なタイミングだなあと。名古屋駅でSaraさんと合流して、熱田へゴー!本当に大きな神社なんだなあと改めて感じました。 気持ち良いぐらいの快晴、前日に降った雨が木の葉を濡らしていてそれがキラキラと煌めいてとっても美しかったです。 境内をうろうろしていたら、辿り着いたこの場所。『南新宮神社』 境内で一箇所だけ丹塗りのお社なのですが、風と光がすごくて、木々がザワザワ。 2人でご挨拶させて頂いていたら、風に揺られて木の葉に付いた雨のしずくがサーーッと一斉に降ってきて、それがなんだかとても心地よくて離れられなくて。素戔嗚尊がご祭神らしいのですが、女性的な雰囲気のある空間でした。  そこから林の中をうろうろしていると、更に奥にお社を発見。『日割御子神社』近づいていくと、何だか良く分からない感情がブワーーッと湧き上がってきて、ここに来れて良かった…と何故だか強く思ったのでした。お社の前に立った途端にまた風が轟々と吹いてきて、そして雨のしずくや枝が降ってきました。それが瑞々しくて清々しくて、うるうるしてしまったのでした。 日割御子神社の御祭神は天忍穂耳命となっていますが、火の神だとか、ヤマトタケルの御子神だとか、いろいろ説があるそう。ここは境内にある孫若御子神社と境外社である高座結御子社と三社合わせて熱田神の御子神で、古い時代からの明神社らしいです。熱田社よりも古い時代からあるお社だというような伝承もあるとか。 そしてその後、別宮の八剣宮と上知我麻神社へ。この一帯、さっきとまたぜんぜんエネルギーが違うの。この二社のエネルギーもまた違うし,それを感じられるのもとても面白かった。 そしてようやく本殿にご挨拶へ。途中、熱田の大楠さんにもご挨拶。本当に立派な木だ~~。 光がまぶしくて~~~!ただただうるうる。( ;∀;) 本殿でもとてもいい風が吹いていて、どこからともなく羽がふわりふわりと落ちてきました^^後で境内図を見たら、本殿の裏に近年まで非公開だった熱田の荒御魂をお祀りしているお社とかあったみたいなのですが、気づかず、というか多分我々に関係し てるのは最初に訪れたところなので、本殿でのご参拝も早々にまた元の場所に戻って何をするでもなくその場にしばらくぼーっと佇んでいました。  観光気分のつもりだったんですが、何だか予想していなかった美しい光と空気を見せていただき、とても胸いっぱいの熱田参拝になりました。 

魔法使いの大先輩と秩父三社めぐり

さて、キスマイのツアーあけて次の日。(あ、レポ記事はこちらへ)眠い瞼をこすりながら朝早く待ち合わせ場所に移動。 この日は、魔法使いの先輩wでもあるRicca兄貴と旦那様に三峯神社に連れて行ってもらうことに。西武秩父駅を目指しごーごー!合流して旦那様から手渡された旅のしおりがこれです。 ちょおおおwwwwクオリティwwwww眠気が一気に吹き飛びました!!!! まずは秩父神社へ。 崇神天皇の御代に知知夫国の初代国造に任命された八意思兼命の十世の子孫 である知知夫彦命が、祖神をお祀りしたことに始まるとされています。中世以降、秩父平氏 の奉じる妙見信仰が習合され、長く妙見信仰の神社として栄えているそうです。妙見信仰とは北極星や北斗七星を神格化したもの。 境内の彫物がとっても立派だなあと思ったら、東照宮の眠り猫を作った左甚五郎の作だそうですよ~。   本殿の裏にずらーーーっと72社ある天地地祇社。全国の一の宮をお祀りしているそうで、兄貴を真似て私も全部のお社にご挨拶しました。もしかしたら、まだご挨拶していない全国津々浦々のお社にいつかお邪魔させて頂く機会がればいいな。 そして本殿裏にこのような看板が。 ほう、このフクロウちゃん、後ろの正面の妙見菩薩をガン見してるのね と思ったら。その方角から1羽の大きなクロアゲハ(ジャコウアゲハだそうです)が。 秩父神社から移動してイザ!三峯へ。 私、昔からオオカミ・ヤマイヌという存在になんとなく憧れがあり、 三峯は熊野と同じでいつか行きたい場所の一つでした。 御礼参りも兼ね、ツアー明けに三峯に行けることが本当に嬉しかったのです~。 しかし…三峯までの道のり…めっちゃ山ね!!!爆兄貴と旦那様いてくれなかったら絶対に辿り着けない。本当にありがとうございます。 そして三峯神社…厳かでお山の清々しいエナジー。素晴らしすぎます。 シルバーウィークで観光客がとっても多かったのですが、それでもこの土地のエネルギーはとっても充分静かで清んでいます。兄貴が「綺麗な湖に浸かって、禊がれているような感覚」と仰っていたけど、まさにその通り。境内はとってもヒンヤリ。でもそれが嫌な感じじゃなく、不要なものが削ぎ落とされていく感覚なの。拝殿前はすごーい行列だったので、脇から参拝させて頂きました。 本殿横でぼーっとしてたら、びっくり!境内の温度と本殿の近くの温度が全然違う~!あったかいの。あんなにはっきり感じるの珍しくてびっくり。笑 ちょうどご祈祷中だったみたいで、祝詞にあわせてエネルギーが螺旋上に廻ってるのを感じました。 拝殿を後にして、奥宮遥拝所へ。なんちゅー気持ちのいい場所(ToT)兄貴曰く、龍の通り道だそうですが、さもありなん。向こうに見えるお山が奥の宮がある山です。 小道があったのでちょっと外れて進んでみると、磐座をくりぬいたようなところに小さな祠はっけーん!ココ本当に心地よい…ここに来れて良かった( ;∀;) かねてから兄貴にお願いしていた龍神ヒーリングをこの磐座の前で受けることに。自然の中に溶けました。三峯のこの磐座にお会いできたことで、私の中でまた土地巡りに対するいろーーんなごちゃごちゃが取れた感じ。 こうやって光や森や水のキラキラを感じてればいいだけなんだって。そしてありがとうの気持ちだけあればいいやって。 三峯に到着した時は結構グロッキー状態だったのですが、帰る頃には本当にすっきりしていました。三峯のエナジーと兄貴の龍たちのおかげですね。 最後は長瀞の宝登山神社へ。 言葉の響きからホド=ホト(女性の陰部)なイメージで、女神を祀っているのかとおもったけど、ご由緒だいぶちがいました。社伝によれば、日本武尊が東征の際、遥拝するため山頂に向っていると大きなヤマイヌさんが出てきて道案内をしたそうです。その途中、東北方より猛火の燃えて来るのに遭ったそう。するとそのヤマイヌさんが猛然と火中に跳入って火を消し止め、無事頂上へ登ることができたそうで、このことから「火止山」の名が起き、のちに「宝登山」となったそうです。 三峯もね、そうだけどご由緒にヤマトタケルまた来ましたよ。しかし別な伝承ではダイダラボッチが宝登山を作ったというものもあるそうなのです。 実際の宝登山神社は男性的で、でもどこか水のエナジーも感じる場所。ちょっとだけ弥彦に似ている気がしました。 麓のお社ではちょっと全貌がつかめませんでしたが、山に何か眠っている感じがありました。好きとか嫌いとか、そういうのじゃなく、ここはとっても気になる場所。もしかしたら本当に古の何かが長き眠りについているのかもなあ。 ◇ 旅の最後に兄貴宅近くのイタリアンで美味しいゴハンとワイン頂きました~~!ツアー中適当にしか食べていなかったので、お腹も心も満たされました。泣 そして最後に旦那様のお手製クリームブリュレ♡(ほっぺ落ちる)みるちーの可愛い姿を堪能して地元に帰りました。 ありがとうございました! Anna