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水曜日のカンパネラ 『SUPERMAN』 at 新潟NEXSS 2016.11.12 

今更な記事ですが去年の11月、新潟NEXSSで水曜日のカンパネラのライブを見てきました。
小さな箱でのオールスタンディングのライブを見に行くのが久しぶりすぎて、しかも一人だし、すっごくどきどきしたのですが、整理番号がなかなか良く、最前列の端っこ、お立ち台の真下で見れまして。興奮しっぱなしのタノシイ夜になりました。

初めて生で見たコムアイ、もっと人を緊張させるようなオーラを纏ってるのかと思いきや、なんていうのだろう非常にかわいくて良い意味で普通の女の子だったの。しかしながらあんなほそっこい体にものすごいパワーが宿っているということのギャップにはものすんごく感激させられましたよね。すごいぜ。

映像や演出もとってもアートで凝っていて楽しかったし、何より音の洪水が気持ちよかったですよ。溶けちゃいました(笑)そしてなによりユニコを歌ってる時のコムアイの、背中に羽が見えてしまって、なんだかもう泣きそうになりました。うるうる。

「政治が自分が思い描いていたのとどんどん違う方に行ってる。」
「ヒーロー不在の時代。そういった時代だから音楽や音楽で繋がることは大切だと思う。それを聞いた子供たちが育っていってそこからヒーローが出てきて欲しい。他力本願。」
というようなことをコムアイがMCで言っていて、やっぱりこの人は戦う魂のひとなんだな、美しいなって思ったら泣けてきてしまって、再び最前列で涙うるうるしてしまいました。(情緒不安定か)

音楽というのは時折不思議なカタルシスをもたらすけれど、 水カン、コムアイは、先日のブログにも書いたけど、どうも私の魂の底のほうを揺らすような感覚があるのです。そうして湧き上がってきた何かが、様々な感情となり解き放たれるのです。


そして以前Facebookとかでコムアイが縄文っぽいみたいなこと書いてたのだけど、それはやっぱり間違いじゃないな~と最近改めて思っております。こないだ見たコムアイちゃんが出ていた番組で、「歌詞の意味はそんなに重要じゃなくて、音にはエネルギーがあるから音のエネルギーを表すのに近い言葉を歌詞にしている。」的な事を発言されていて、まさに縄文!と思ったのでした。縄文って狩猟していて今よりずっともっと野性的な生き方をしているイメージが人々の共通認識としてあるのかな?と思うけど、実際にはもっとずっと呪術的で科学的で先進的なイメージ。
言葉よりも音、という考え方はなんか縄文っぽい。(もちろん言葉も重要よ)

そして過去も現在も未来も音楽は呪術で化学。
それにコムアイ、水カンはぴったりはまるのよね。

今後も何者かのよりしろたれ!彼女の産み出す呪術が楽しみです。
は~、お仕事なければ武道館、八角宇宙にもいきたいぜー。

www.wed-camp.com

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