本

白井明大さんのお話会。

先日、妹と旧・会津本郷町にある樹ノ音工房さんのカフェyuinobaへ行って参りました。 知り合いの娘さんが絵の個展をyuinobaさんでされていると聞き、出かけたのですが、お邪魔してみると、個展だけでなく、何か別なイベントもこれから開催されるところでした。白井明大さんという詩人の方の、『季節を知らせる花』のお話会というものでした。 失礼ながら白井さんのことよく知らなかったのですが、お茶とスイーツ付きという言葉に誘われ(笑)また、これも何かのタイミングだろうと、そのままイベントに参加してきました。   しかしながら、お話会が始まり、白井さんが手に取った自著を見てハッとしました。つい先日、本屋で見かけて気になっていた 『日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし―』じゃないですか。あの本を書かれた方なんだ~と思って、まー、まずびっくり。 日本の七十二候を楽しむ ―旧暦のある暮らし―白井 明大 有賀 一広 お花のお話ということだったのですが、白井さんがぽつりぽつりとお話する内容が、現状気になっていることなどと、あまりにもシンクロすることが多く。たまたま立ち寄ったつもりだったけど、姉妹そろって前のめりになりました。 詩歌の話や暦の話、月の話や土地の持っている雰囲気の話、民俗学にもかかるような話も展開されていてと~~~~っても楽しかった。咲いている美しい花のただ見たままを、日常のワンシーンを切り取ったような、さりげない歌が好きという白井さん。とあるお話会にて、『詩は自分の中にあるものをカタチにして外に出すのが詩なのではないか?』とのお客さんからの問いへの、白井さんなりの答えが何気ないことなのに、とても大きな意味がつまっていて感動しました。 以下に思い出せる範囲で書き留めます。 白井さん曰く、時間は過去・現在・未来と単純に縦軸じゃないということ、周りのものと自分が一体となる瞬間があって、それは時間にすると0.1秒とかそんなものだけど、その瞬間に色んなことを考えていて、過去・現在・未来がその短い瞬間に行き来している。それは大げさなものじゃなくて、日常にたくさん起きているこだということ。 周りのものと時の流れに自分が溶けて永劫になった一瞬、自分が自然の受け皿になる。 花が美しいと思ったその瞬間をそのまま切り取るということは、何気ないことに思えて実はとても深みのあることなんじゃないかということ…。 のっけから涙腺ゆるめになってたのに崩壊したよね。 私たちの生活は、最小単位の何かの集まりで、できてるということ。もっとも細やかな声に耳をかたむけること。それが時としてとても大切なんじゃないかと、改めて強く思ったのでした。 白井さんの感性やお人柄、とても素朴で繊細で、まるでご自身が道端に咲く野の花のような方でした。世の中にはこんな感性で生きておられる方がやっぱりいらっしゃるんだなあと思ったら、ぜんぜん泣く話じゃないのに、どうしても涙がとまらなくて(笑)たぶん変な子におもわれたことだろう。 アートや言葉にたずさわる人って、ほんとにナチュラルにシャーマンな方が多いね。でもそれって古代、縄文とか、歴史にも残らないような頃にはふつうにみんながしていたことなんだよねって、そう思います。 明石海人のうたのように生きがちな私ですが・・・(笑)今はそんな生き方を考え直す0地点、はざまタイムだなあと。このタイミングにお話聞けて、本当に幸せでした。 それはもういいんじゃない?原始のころの君はどうだったのさ?花のように生きなよと言われた気がした、満月前夜のお話会。 帰りに本郷町のいにしへを感じる某所と、そして大川の岸で柔らかい自然のエナジーにふんわりつつまれてきました。   きょうも、この大地とすべてのご縁に感謝。 Anna

「 村田エフェンディ滞土録 」 梨木香歩

リンク だいぶ前に読み終わって、レビュー書こうと思っていたのですが、今の今になってしまいました。うん、やっぱり梨木さんの小説はいいなぁ。笑一時期、10代後半~20代前半のころ阿呆のごとく本を読み漁っていた時期があり、量を読むことに躍起になって結局内容はまるきり覚えてないというものも多いのですが(笑)、今でもふとした折に手に取って読んでみる作家さんの一人です。梨木さんの紡ぐ物語は、実体のないもやっとしたものではなく、何か真ん中のほうにしっかりとした真実を隠し持っている気がします。 はてさて、なにやら珍妙なタイトルのついたこの小説ですが、滞土の「土」は土耳古(トルコ)のこと。エフェンディとはトルコ語で「学士様」という意味の敬称らしいです。内容を簡潔に説明すると『考古学を勉強する村田くんという一人の青年のトルコ滞在記』になるのでありますが・・・。 やはり梨木さんの紡ぐ物語なのだなあ、1899年という時代背景の中、村田くんを取り巻く様々な人々、宗教 神々。 これらのものが、かの地でファンタジックに交錯してゆくさまは淡々としながらも胸を熱くさせます。イスタンブールの景色や町並みの描写は、まるでその時代その場所に立っていたと思わせるよう。 物語を彩るいきいきとした登場人物も魅力です。下宿先の大家の英国人ディケンズ夫人、同じように部屋を借りている、希臘人のディミィトリス、独逸人のオットー、下働きの回教徒のムハンマド。そして、ムハンマドのつかまえた鸚鵡(オウム)・・・などなど。 そして梨木さんの作品はどことなく『死』というものが独特の形で扱われている気がします。それは目に見えない世界に敬い寄り添って生きてきたわれわれ古き良き時代の日本人の本質のようなもの。村田エフェンディ~とも繋がりのある梨木さんの「家守奇譚」ですが、こちらはさながら泉鏡花の世界。(鏡花ほど毒気はないけど)木原敏江の「摩利と新吾」やヘッセの「デミアン」読んだ時の感じと似ている気がするのは私だけでしょうか。笑 言葉の一つ一つが珠玉です。宗教とは、国とは、戦争とは、人間とは一体何なのか、 、そのエッセンスがすべてここに隠されているような気がします。 おすすめです。