在り方を考えている、常に、永遠に―
私は愚者なので、得た知識(モノ)を誰かのために役立つ形でという、それができない
もし私の普段の活動の中で、誰かのために為しているように見えるような行いがあったとしたら
それは見えないものを現実に降ろすという反応そのものを楽しんでいるというのが正しい
それが神であれ悪魔であれ、現実に産み出されるものは尊い
だからこそ、誰かのためにという言葉は出てこないし
こうやって自分のことしか書けない
いわゆるご想像の通り、自分のことが大好きなエゴイストってやつなんだけど
とはいえ自分のことを書くことにも飽きているし
けして人の前や上に行きたいわけではないし
目立ちたくはないし
まるで霧か霞のようだな
こうやって書き連ねた言葉もさ
皆に見てもらいたいわけじゃなくて
誰か一人が読んでくれればいい
でも誰も読まなくてもいいって思ってるよ
天邪鬼かな
というか、世界に言葉が吐き出されたということのみが大事なんだよ
そうすれば私と私に繋がる何かは救われるし報われる
それは本気で信じているからさ
むしろそれしか信仰していないんだ
あー愚者でありたいと願う賢者になりたかったな
でも私ってばどこまでも愚者なのである
見えないものを我が身に宿らせこの世界への窓口とする
そう書くと仰々しいが
結局のところ神秘のいらない現世(うつしよ)で、
できることは現実に根差した器であることなだけ
何かの怒りや悲しみを宿してただ気分が訳もなく揺れるとかそういうの
それがあり方なのだとしたら到底陳腐なんだよな
でも巫女のいらない新世紀ではそうならざるを得ないだろう
まあ巫女になりたいわけでもないしさ
それはそれとて現実に根差せたら問題ないさ
でも、愚者だから日常の些末を心を留めておく力がない
本当の意味で現実に根を張ることができないんだよ
そういう寂しさだけはあるね
私という本体はどこにあるのだろう、ってね
だからと言って、悩んでもいないのが悩みで
繊細過ぎることもなくて困る
だからこそ在り方をずっと探している
ずっとなんだよ
毒にも薬にもという言葉があるけど
なんの役にも立たないことで役に立つという
ある意味、そういう生き方なんだけど
その生き方は難しい
明確な目的があったら生きるのには嬉しいから
だからこそ役割を探す日々なんだけど
私の魂はむしろ愚かさのほうを望んでいて
それでしか幸せを感じることができないんだ
なんていうか文字が降りてきてこいうの書いているのが
器である幸せを、唯一嚙み締めれる時だよ
まあ、哀れだね